2008年01月27日
一般入試 A日程終了
昨日(1月26日)、通学制の一般入試A日程がありました。多くの皆さんに受験していただきまして、誠にありがとうございました。結果は2月1日に郵送されますので、それまでしばしお待ちください。
本学では、まだ一般入試B日程、C日程、大学入試センター試験利用入試への出願が可能です。こども保育、こども心理を勉強したいという皆さんの受験をお待ちしています。ぜひチャレンジしてみてください!
詳しくは東京未来大学入試概要をご覧ください。
2008年01月27日
昨日(1月26日)、通学制の一般入試A日程がありました。多くの皆さんに受験していただきまして、誠にありがとうございました。結果は2月1日に郵送されますので、それまでしばしお待ちください。
本学では、まだ一般入試B日程、C日程、大学入試センター試験利用入試への出願が可能です。こども保育、こども心理を勉強したいという皆さんの受験をお待ちしています。ぜひチャレンジしてみてください!
詳しくは東京未来大学入試概要をご覧ください。
I Am Legend
邦題:アイ・アム・レジェンド (2007年 アメリカ)
監督:フランシス・ローレンス
ウィル・スミス主演のSF・ホラー。人間が癌治療のために作り出したウィルスによって人類消滅が導かれつつあるという、近い未来、本当に起こるかもしれないという人間が不安に思う部分をつつくからこそホラーとして成立する作品である。
ストーリーそのものは予測のつきやすい明快なものであるが、主演のウィル・スミスの演技の上手さとCG技術の高さで十分楽しめ、かつ怖い作品になっていると思う。じっくり見入ってしまい、映画館で見ているにもかかわらず怖いシーンで飛び上がり、非常に恥ずかしい思いをした。
登場人物が少ないので会話シーンが少なくなるのは当然なのだが、主人公の行動に現れる几帳面さ、規律の正しさが印象に残った。あの状況になれば、自暴自棄に陥り、生き延びるのはしんどいはずであろう。しかし、研究者としての意識から神経質なまでに自分を責めることがむしろ生きる気持ちを保たせ、規律正しい生活様式がそれをサポートしているように思えた。また、苦楽を共にした愛犬の存在があることが、生き抜いてきたことに真実味を持たせているように思う。守るものや支えてくれるものがあるからこそ、人間は生きようとするのだと思う。
映画が始まって最初の方には、主人公がサバイバルな生活でも生きていける知恵をもっていることを示すシーン(自家製発電機などのライフラインの確保や日没のアラームなど)がたくさん出てくる。つまり、観客に「電気はどうしているんだ?水は?など」といった疑問を抱かせない緻密な作りになっている。とはいえ、「文明的なものが入らない地域や離島は感染してないのでは?」といった疑問を払拭できない部分もあり、やや、詰めの甘い部分もある気がした。
2008年01月17日
persepolis
邦題:ペルセポリス (2007年 フランス)
監督・脚本:マルジャン・サトラピ/ヴァンサン・パロノー
マルジャン・サトラピ監督の自伝である同名のグラフィックノベル(graphic novel; 大人の読者を対象としたストーリー性のあるアニメーション)を映画化したもの。なお、タイトルの「ペルセポリス」とはイランの世界遺産にも登録されている、かつてのペルシア帝国の都である。
単館上映の作品なので学生さんからチケットを頂かなかったら、さらに、カンヌ国際映画祭で賞を受賞し、声で出演にカトリーヌ・ドヌーブ、という説明がなかったら、「モノクロのアニメーション」を観る選択肢は自分にはなかったかもしれない。
しかし、観てみてどっこい、これが、なかなか興味深い作品であった。
タイトルからわかるように物語の舞台はイラン。1970年代末のイスラム革命から1980年代のイラン・イラク戦争までの政治的変動に人生を左右されながらも、家族の温かさに支えられ、強い女性として成長する主人公を描いている。
イランについての歴史的事実を知ってはいても、その国に住む人たちが何を考え、感じているかを知る機会はあまりない。たくさんの血が流れ、目をそむけたくなる事実の中で登場人物が経験した悲しく辛い感情の部分と、「あ、そういう部分もあるんだ、やっぱりね」と共感できる部分の両面が含まれている。それが、実写ではなく、モノクロで、かつ、デフォルメされたアニメーションで表現されているからこそ、真実味を帯びて感じる。
細部までこだわり、すべてを詳細に見せることも、真実を知らせるための表現方法の1つである。しかし、その真逆とも言えるモノクロ、デフォルメ、という手法も真実をより良く反映するのではないだろうか。ストーリーのテンポをよくし、95分という短い時間にたくさんの内容を詰め込んでいても重く感じない。これが、観客に考える余地を与えてくれ、観客の判断が加わることで「現実らしさ」ができあがるのかもしれない。